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山田澄代さん

[写真:山田澄代さん]

山田さんは、3歳の時ポリオを患い、左半身麻痺となった。現在、手は日常生活が送れるほどに使えるが、足は歩く時にステッキが手放せない状態だ。そんな彼女に杖の専門店「チャップリン」で初めて出会った。そこには、麻痺という事実をみじんも感じさせない、素敵に年を重ねたおしゃれな女性がいた。

山田さん(以下、敬称略):
保険会社の営業や毛皮・宝飾の企画会社を経て娘と一緒にチャップリンを始めたのは、今から8年前のことです。病気もありましたし、40歳ぐらいまでしか生きられないだろうと思っていた私が、こんなに長生きできたのですから、今後は誰かの役に立つことをしても良いのではないかと思ったのです。そんな時、私にしかできないことにステッキの販売があるのではないかと思いました。昔はオートクチュールで身を固めたこともあったけれど、ステッキだけはおしゃれなものがありませんでした。私は、他の人よりもおしゃれをするのに工夫が必要です。ステッキがなければ、100m歩くのも辛いのですから、人より歩くことに執着があるのでしょう。今までずっと使ってきたステッキのことなら、他の人よりも詳しいでしょうし、外国でいろいろとおしゃれなステッキがあることも知っていましたので、それを紹介していきたいと思ったのです。

ステッキの起源は、紀元前4000年以上前だと言われている。初めは、王族など位の高い人の象徴として使われていたそうだ。お店には、真鋳で出来ている動物の顔をしたステッキから、持ち手が時計や方位磁石のステッキ、仕掛け杖と呼ばれる、ステッキの中にいろいろな「仕掛け」(お酒とコップのセットやゲーム、絵の具一式、吹き矢や剣など)が入っているステッキまである。自分の好きな色と柄を指定してオリジナルのステッキを作ることもできるし、自分で撮った写真をプリントしてもらうこともできる。

山田:
足を引きずって歩いている人を町で良く見かけますが、ステッキを使えばもっと格好が良いのに、と思います。ステッキをつくことが格好悪いと考えている人が多いようですが、もったいないと思います。自分に必要な物を格好よく使うことを知って、意識改革をして欲しいと思っています。国から補助金で配給される福祉用品は、ステッキにしろ靴にしろ、黒や茶色の暗い色の物しかありません。値段が変わらないのなら、気持ちの明るくなるような色や、素材を取り入れて欲しいですね。
岩本:
岩本:チャップリンには、様々なステッキがありますね。ガラスのステッキから、年代を感じさせるステッキ、和風なステッキまであって、見ているだけで楽しくなってきます。
山田:
ガラスのステッキは、パーティーなどで使うおしゃれ用です。昔のヨーロッパでは、中にお酒を入れておいて、戦争に行った子どもが帰ってきたらそのステッキを割ってお祝いする、という習慣があったそうです。お店の壁に飾ってあるステッキは200年前の物。和風に見えるものは、まさに日本の伝統工芸を生かして作ったものです。漆を塗って、その上から蒔絵や螺鈿などの技法を駆使して絵を描いてもらったり、彫り師に彫刻をしてもらったりしています。最近では職人さんがどんどん少なくなってしまって、伝統が廃れていくのが残念でなりません。素晴らしい日本の技が、ステッキの中で生きていって欲しいと思い、4年前から始めました。
岩本:
他にも、ここのオリジナルで「GINZA」シリーズがありますよね。ポップな色使いで飴やおもちゃのようです。持っているだけでわくわくしますね。おまけに3つに折れ曲がって、バックに収納も出来るんですね。
山田:
私たちのお店では、ステッキを売る過程でこれまでに一万人以上のお客様と接してきました。その方たちの声を集めることで、どこよりもお客様の声に忠実なマーケティングリサーチができています。このシリーズもそんな中から生まれました。折れ曲がるステッキは他の所でも売っていますが、まっすぐにした時に体重をかけると曲がりやすいという欠点があります。しかし、うちのステッキは、簡単には曲がらないような工夫がされていて、普通のステッキと同じように使えます。また、外出先で買い物をしたいときや、鞄から何かを出したい時に、ステッキを置く場所がなかなか見つからないことがあります。そんな時、手にステッキをかけておけるようなチェーンもうちでは売っています。おしゃれなチェーンなら、ブレスレットのようにも見えますし、便利でかつ素敵でしょう。「GINZAシリーズ」は、40代で罹りやすい股関節の病気を患ったご婦人方が、ステッキを使うことに気後れしていることから考えられました。40代といえば、まだまだ病気になった自分を受け入れることが難しい人が多い年代ですし、特にご主人の前でだけはステッキを使いたくないという方が多かったのです。そこで、カラフルでおしゃれなステッキなら、使う気にもなるでしょうし、必要なときだけ取り出して、普段は隠しておくということに目を向けて、3つ折の小さくなるステッキを考えました。どのサイズなら、女性のバックに入るのか、そんなことも考えて作ってあるのですよ。

ステッキの需要の約30%は、ファッションだと山田さんは言う。海外ブランドでは、昔からファッションの一つとしてステッキは考えられてきた。一方、65歳以上の人口が4人に1人となる時代が、もうすぐ目の前まで来ている。そんな中で、現在日本でステッキを使用している人は10人に1人の割合だそうだ。本当は、もっと多くの人がステッキを必要としているのではないか。そういう人たちは、なぜステッキを使わないのだろう。そこには、「恥ずかしい」、「年を取った証拠」という否定的な気持ちが働いているようだ。

山田:
病気を受け入れることが難しいと暗くなってしまいます。福祉と言うとなぜか暗くなる理由はここにあるのではないでしょうか。風邪でも、どんな病気でもいい、その経験があったからこそ今の自分だという気持ちになれれば、病気を受け入れることが出来て、ふっきれるのではないでしょうか。私は、「病気は神様からのプレゼント、このお陰で今、こんなに充実した毎日が送れている」、と思っています。人生の最後に咲かせる花は、人に愛でてもらえる花になれるような気がしています。
岩本:
山田さんが病気を吹っ切ることができたきっかけは、何だったのでしょうか?
山田:
きっかけは、初めて入った某保険会社で営業成績が6万人の中の一位になったことでしょうか。これで自分に自身がついたと思います。足を引きずっている自分が一位になることで、五体満足な人にも「自分もやれる」という自信を持ってもらえるのではないかと思いました。私には、まだまだやりたいことがたくさんあります。家庭でステッキの居場所を作ってあげたい。昔は、家に障害者がいる事を隠すためにステッキは玄関には置かなかった。でも、大事なものだからこそ、どこにでも飾れるようにおしゃれなステッキ立てを作っています。素材は、100年物のホワイトオークでですよ!ウイスキーの樽の廃材を使っているので、きれいな楕円のステッキ立てが出来るのです。また、長い間使ったステッキをただ捨てるのではなく、清め払いをした後に地雷国へ送ったり、みんなで船上パーティーを企画したり、盛りだくさんです。

ガラスのステッキを持った山田さんと、おしゃれなチャップリンのステッキを持った参加者の方々。お互いのステッキの自慢話に話が咲くであろう、素敵なパーティーを想像していました。自分がもしステッキが必要になったら、どれを選ぶだろうか。思わず、楽しみになってしまったひと時。これが、日本で唯一のステッキ専門店「チャップリン」の人気の秘密なのでしょう。それは、取りも直さず、店主、山田さんの魅力そのものなのでしょう。

岩本:
これからステッキを必要とする人に一言お願いします。
山田:
あまりこだわらずに気持ちを楽にして、杖が必要なら早めに使ってみて下さい。歩くのに疲れる人も、一度使ってみたら、外出が今までと違ってとても楽しいものになるでしょう。最近は、若い方でも遺跡へ旅行に行くときや、山登りなど長く歩くときにステッキを一本持って行く方が増えています。毎日を楽しく、自分らしい花を咲かせて生きましょうね。

人生を楽しく、充実して生きるために、自分自身が今すぐできることは何か。たくさんのことを学んだ出会いでした。障害を持っていることを最後まで全く感じさせなかった山田さん。まずは、自分に自信を持つこと。そのために何が出来るのか。障害を持つ、持たないに関わらず、大輪の花を咲かせるために、私たち1人1人が考えるべき課題です。

紹介本

「非まじめ」のすすめ(Amazon.co.jpへ)
[表紙:「非まじめ」のすすめ]
森 政弘著
講談社